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2004/10/31 (日)  近くなりました
2004/10/30 (土)  10/30 大宮対川崎 勢いの差、それが勝負の差に
2004/10/26 (火)  10/23 川崎対仙台 何とも微妙な内容
2004/10/25 (月)  ライオンズ日本一
2004/10/24 (日)  菊花賞観戦記
2004/10/23 (土)  下がりっぱなし
2004/10/20 (水)  続・寿命が縮むカンジ
2004/10/19 (火)  寿命が縮むカンジ
2004/10/15 (金)  わかっちゃいるけど
2004/10/12 (火)  森三中単独コントライブ「本当にさらにやばい状況10月」 ビミョウ…
2004/10/11 (月)  パリーグプレーオフ
2004/10/10 (日)  10/10 天皇杯3回戦 川崎対愛媛FC 愛媛FCの戦いに拍手
2004/10/9 (土)  辛い心境
2004/10/7 (木)  川崎憲二郎、引退
2004/10/6 (水)  ツライです…
2004/10/4 (月)  けっこう大変…
2004/10/3 (日)  モーニング娘。『The BEST of Japan 夏〜秋'04』 悩むところ…
2004/10/2 (土)  10/2 川崎対横浜FC 2度目の優勝
2004/10/1 (金)  本当にさらにやばい状況?
2004/9/28 (火)  9/24 バファローズ対ライオンズ 伝説の幕切れ
2004/9/27 (月)  ご報告
2004/9/26 (日)  川崎フロンターレ J1復帰
2004/9/25 (土)  0泊3日大阪旅行記
2004/9/24 (金)  大阪から野球の火が消えた日
2004/9/23 (木)  9/23 川崎対山形 2度目の足踏み
2004/9/21 (火)  私的北海道祭り
2004/9/20 (月)  祝2周年記念日
2004/9/19 (日)  プロ野球ストを考える
2004/9/18 (土)  9/18 湘南対川崎 第4クール、昇格目前
2004/9/17 (金)  延長戦 忘れ物と試合終了
2004/9/16 (木)  研修日記最終回 修了式
2004/9/15 (水)  9/15 マリーンズvsバファローズ
2004/9/14 (火)  研修日記9 いよいよクライマックスへ
2004/9/13 (月)  ここに野球がある喜び
2004/9/12 (日)  9/12 イースタンリーグ スワローズ対ジャイアンツ 2軍の試合も楽し
2004/9/11 (土)  9/11 川崎対大宮 足踏み…
2004/9/10 (金)  フロンターレ再昇格前夜
2004/9/9 (木)  研修日記8 本代がかかるよ…
2004/9/8 (水)  3連チャン
2004/9/7 (火)  研修日記7 通勤事情その2
2004/9/4 (土)  舌の根が乾かぬうちに
2004/9/2 (木)  研修日記6 可能性0へ挑戦

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2004.10.31(日)    近くなりました
 今月のダイヤ改正で湘南新宿ラインが強化され、宇都宮・前橋から平塚まで1本で行けるように。これによって埼京線もりんかい線との直通運転の数も増え、本当に便利になりました。湘南新宿ラインのおかげで池袋まで行きやすくなりましたし、時間の短縮にも。嬉しい限りです。
 昨日大崎駅から湘南新宿ラインで大宮へ。以前なら大井町から上野駅で東北線に乗り換えて、でしたが大崎からでしたら乗り換えも楽だし、しかも電車に乗っている時間も短縮。大崎から大宮まで40分ですよ。これは早い。上野駅でどっちのホームの方が早いのかを見たり、ようやく落ち着いた頃に大宮とかというのがない。なにより大井町からだったらりんかい線で大崎まで1駅。便利です。
 ただ池袋や大宮まで行く事は少ないので便利さをなかなか利用できないのですがね。

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2004.10.30(土)    10/30 大宮対川崎 勢いの差、それが勝負の差に
 昇格を決めてから勢いのない川崎と川崎を負かしてから負け無しで2位をキープをする大宮。モチベーションに差はあるが1位2位対決、期待をせずにはいられない。
 雨中の大宮公園サッカー場はコンディションの悪さを感じさせない試合になった。

 勢いのある大宮が終始攻める。バレー、森田を中心に攻撃をする。コンパクトに守り、素早い攻めで川崎DFを脅かす。ただ失点数は最小の川崎、必死に体を張って守る。枠へ飛ぶシュートもGK吉原がパンチングで防ぐ。とにかく大宮の攻撃シーンだけが続く。40分、森田が左サイドの谷口を振り切りサイドに張る安藤へのパス。クロスをフリーのバレーがヘッド。大宮ポーターの前でゴールが決まる。大宮の先制ゴールでホームの大宮が大きく盛り上がる。
 後半は中盤での一進一退のバトル。お互いの意地と意地がぶつかり合い、J2の試合とは思えない白熱とした試合に。その中でも徐々に川崎が攻めるシーンも出てくる。そして74分、ゴール前でもらったFKのチャンス、マルクスがゴール右端へ直接決める。川崎はようやく同点に追いつく。
 両チームとも選手を代え、引き分け狙いを感じない戦いになる。少し前がかりになっているかな、と思われる部分も多くなる。それが最後の最後にあだとなる。
 88分、前線でボールを奪った大宮は川崎DF陣と同じ数だけの人数でカウンター。真ん中から右へボールを流し、森田が川崎サポーターの陣取るゴールへ蹴り込む。逆転ゴールは決勝ゴールになり、大宮の9連勝に繋がった。

 川崎サポーターだから負けたのは悔しいが、久々に良質の試合を見させてもらった。攻めるための守りを両者をし、勢いの差で大宮が勝利を奪った。
 雨の中見た甲斐はあった。

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2004.10.26(火)    10/23 川崎対仙台 何とも微妙な内容
 まさに電光石火であった。開始31秒、ゴール前でジュニーニョのシュートが仙台DFに当たりルーズボールが我那覇の足下へ。左へ流すとマルクスがゴール右へシュート。これがゴールネットを揺らす。1−0。早くも川崎がリードを奪う。これがゴールラッシュの笛となるように思えたが、逆に足かせになったようだった。
 川崎はアウグストが欠場の苦しい台所事情。仙台は負けたら昇格争いから遠のく試合。仙台が必死になって来るのが目に見えた。がしかし…。
 川崎は何回もチャンスを作りシュートも放つ。しかし昇格前までに見られた必死さがない。余裕を持って戦っているようだ。シュートが決まらなくても笑顔が。仙台も1点を追う苦しい展開で余裕がない。攻撃もワンパターン化している。何とももどかしい試合内容。
 結局川崎はジュニーニョを起点に攻撃をするが1点しか取れないまま前半が終わる。
 後半開始より仙台は大柴から関口へ交代。これがズバリ的中。48分、関口がドリブルで突っかけて寺田に倒される。PKを献上。これで仙台は同点に追いついたか、とスタジアムの雰囲気に。しかしキッカーの佐藤寿人が大きく上に飛ばす。これで流れが変わったか。いや仙台の流れは変わらない。仙台のペースが続く。60分、またも関口がチャンスを作る。右サイドを崩しセンタリングをフリーで走り込んだセドロスキーが頭で合わせる。下はねつけたボールはゴールネットに突き刺さり、仙台が同点に追いつく。
 がこれが川崎に再び火をつける。我那覇から黒津、渡辺から久野と選手を代えて点を取りに行く。すると流れも向いてくる。が一度切れた流れをまともにするのは難しい。チャンスを作るもゴールは遠く感じた。このままドローかな。
 80分、川崎のカウンター。黒津が右サイドをドリブルで駆け上がりゴールライン上まで持ち込むと、ペナルティラインへマイナスの折り返し。そこに走り込んだのは中村。右足から蹴り出されたシュートはそのままゴールネットを突き刺し、仙台の昇格の芽をも潰すゴールになった(2−1)。
 仙台はセドロスキーをトップに上げるスクランブル体勢になるが、結局ゴールは奪えず2−1で川崎の勝利で終わる。
 特に見応えのない試合だった。昇格が決まり更に上の段階を目指さないといけない川崎。だが目標を失ったまま戦っているようだった。

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2004.10.25(月)    ライオンズ日本一
 88年のライオンズ対ドラゴンズ、落合が初めて日本シリーズに出られた時、ライオンズが日本一になった。第5戦で勝負が決まったのだが、日本一はサヨナラゲームであった。そのラストヒットを打ったのは今のライオンズの監督である伊東勤であった。
 あれから14年。歴史も感じた日本シリーズであった。

 レギュラーシーズン133試合、プレーオフ3+5試合、日本シリーズ7試合。今年ライオンズが戦った試合数、148試合。日本一制覇だけでなく、日本一の野球好きチームだね、ホントに(笑)。
 もし、パリーグにプレーオフがなかったらホークスが日本シリーズに出ていた事になっていたけど、ホークスは日本一になれたかな、と考えてしまう。プレーオフを戦うごとに力を付けていったライオンズがドラゴンズと互角の戦いをしていたのを見ると、1位のままホークスが日本シリーズに向かってここまでの試合が出来たのか、と。
 ドラゴンズは本当に強かった。落合監督が就任時にこのチームは強いから補強はしないの言葉を肌身に感じた。ただ一つ足りなかったのは経験値、もっと言えば修羅場を超えた数。それに尽きると思う。
 プレーオフで2回とも王手をかけられてからの逆転勝利。その経験があったからか、第5戦に負けても浮き足立つところがなかった。自分たちの試合をしようと決めていたように見えた。
 92年以来12年ぶりの日本一、本当におめでとうございます。

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2004.10.24(日)    菊花賞観戦記
 良くも悪くも展開一つで違った結果になりそうなレースであった。
 勝負事に「たら・れば」は禁句だが、もしモエレエルコンドルが掛からなければコスモバルクが勝てたのではないか、とかを考えてしまう。1周目3コーナーからの掛かってしまったのが最後の粘りの欠く結果になった。でもあそこでモエレエルコンドルが掛からなくても、もしかしたら別な馬が掛かってコスモバルクのリズムを狂わしたかもしれない。そう考えると競馬って生物だなと実感させられる。
 1番人気がダービー2着馬ハーツクライであったが、今回の目立った逃げ馬不在の中、後ろからの競馬しか出来ないので伸びきれないのではというのは予想された(実際皐月賞は前残り結果で何もできなかった)。そうなると前にいるコスモバルクが目標になりやすいのはわかる。前に行きすぎたら潰れて後ろから差される。かといってじっくり後ろで戦況を見ているのも危険。前残りになってしまうから。その意味で勝ったデルタブルースの岩田康誠の好騎乗が目立った。2着のホウキパウェーブの横山典弘にも言えるが位置取りの良さが馬の能力以上の結果を出したように見られた。
 ダンスインザダーク産駒2年連続の菊花賞制覇。ダンスインザダークがステイヤー血統と呼ばれる日が来たようだ。

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2004.10.23(土)    下がりっぱなし
 昨日は新しく入ってきた人の歓迎会。当然飲み会なのですが。
 飲み会前に提出した課題のプログラムに×印が出ていたので、当然の如くテンションは下がっています。そんな中での飲み会、いや歓迎会。気分は最悪。出てくる言葉はネガティブばかり。飲めば飲むほど下がる。自分の中でも抑えが効かない。生中から焼酎お湯割りに変わってもネガティブ路線は止まらない。
 もともとネガティブな人間。というよりか自信がないと何もできないタイプ。今の仕事、自信がない。動くプログラムが作れても、完璧でないとそのプログラムは最低のモノ。それしか作れない自分がいる。周りが見えないほど集中できていればいいけど、そういう状況でもない。
 飲み会の2次会でネガティブさが全開。上司に罵られるとますます深みにはまる。そしてどんどん心が折れて沈む。その結果飲み会の会場で説教タイム。お酒が入っているので真剣に話を聞いているように見られていたようだけど、実はほとんど覚えていない。ただ怒られた事実だけが頭に残っているのですけどね。
 多分この仕事、長くはないでしょうね。プログラマ向きではなかったのかも、残念ながら。毎日落ち込んでいる生活をしているのですから。ネガティブになるだけの日々はもう嫌だ。
 でも来週からプログラムを作る事になるらしい。もう地獄…。死ぬしかないのかな?

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2004.10.20(水)    続・寿命が縮むカンジ
 昨日昔見た夢をフッとした瞬間に思い出し、何故か胸が痛む思いをした。もうこんな事はないだろうと考えていたのに、朝の通勤時間にまたも同じ思いをしてしまった。
 週刊プロレスを読みながら田町の駅に到着。ちょっと周りを見渡した瞬間、昨日と違う昔連続して見た夢がフラッシュバックした。昔働いていた会社の部屋と架空の人物が出てきたその時、胸がギュッと絞られるカンジに。それ以降胸と心の痛みが引かない。
 なんでこんな夢を見た事を思い出し、身体と精神に痛みが来るのだろう。今の精神状態が呼び覚ましているのか。

 今日もいつも通り最悪の状態で仕事をしていましたとさ。

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2004.10.19(火)    寿命が縮むカンジ
 寝ている時に見る夢。たまに現実と夢の境界線がわからなくなる。夢の中の夢みたいに明けない夜を彷徨う事もある。大概夢は起きたら忘れる。境界線を超えてきた夢も頭から抜ける事が多いが、ふとした瞬間に突然思い出してしまう事がある。
 今日、家に帰ってからお酒を飲みながらテレビを見ようとした瞬間、昔見た夢の一場面が何故か思い出された。そして再び記憶の箱の彼方へ消えてしまった。だから今ここでどんな夢かは言えない。だけど一つだけ言えるのはその夢は、夢の中で夢を見て、夢の中で目覚めた夢の中の現実の世界が繰り広げられていた事。確かその夢、2日連続で見た記憶が。
 なんでこんな事を書いたというと、フラッシュバックした瞬間、胸を思いっきり叩かれたカンジで心臓に、精神に痛みがきたからだ。なんで痛みがきたのかはナゾ。でもトラウマになるような、そんな気がしたから。この夢を見た時も登場人物に何かを言われていたっけ。それが精神にグサリと。
 あの時も寿命が縮んだと思ったけど、今日も寿命が確実に縮んだ。間違いない。

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2004.10.15(金)    わかっちゃいるけど
 現場へ来て2週間。ますます落ち込む。入館証が火曜日に正式発行され、水曜日に仕事で使えるパソコンがやって来た。でも来たパソコンがWindows2000のダウングレートモデルで再インストールで設定のし直し。先週課題として出されたプログラムのコーディングが手間取り、単体テストまで行けずで小言。ますますテンションが落ちる(もちろん私が悪いのだけど)。
 何も出来ずに坂を豪快に下りっぱなし。そんな中私より数ヶ月前に入社した先輩が怒られ続ける姿を見ると、次は自分の番になるのだろうと精神的にも良くなく、更に心が削られる。
 体調が悪いのか、気持ちが行きたくないのかナゾの頭痛や腹痛で悩まされる。仕事へ向かう地下鉄の中で気持ち悪くなるし、食欲がわかない。でもお腹はすくので食べるけど美味しく感じられない。
 こんな状況下で今生きている。

 何もできないのはわかっているし、徐々に仕事を覚えてもらえばよい、と言われる。でもこの現場にいて何もできないのが悔しい。かといってじゃあこれやって、と言われても何もできない。どっちの転んでも何もできない私がいる。
 私自身何の能力もない。底の浅い力しかなかったのを痛感もした。人間としてここから這い上がれるかどうかが問われるのだろう。残念ながらそんな根性を持ち合わせていない。本当に残念ながら。もっともそんな根性があったら人生変わっている。

 多分自信がつけば流れは変わるのだろう。それはいつ来るのか。わかれば悩む事はないのに。
 中身のない器の私。
 何も求められていないのはわかっちゃいるけど、でも求められているような気がするし、求められている問題を答えられず雰囲気を悪くさせる気がする。妄想なのだろうけど余裕がない証拠なのだろう。

 こんな話ばっかりしたくはないんだけど、ここで書く事でしかフラストレーションが発散できないのです…。

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2004.10.12(火)    森三中単独コントライブ「本当にさらにやばい状況10月」 ビミョウ…
 今年3本目となる森三中の単独コントライブ。1回目より2回目の方が内容が良く、今回のライブも楽しみにしていた。が正直な所期待はずれな部分が多かった。
 まずは幕間に流れる映像。前回は12人の怒れる人達の映像を使った一ひねりのあるものだったが、今回は森三中3人の秋のたべりんピック。内容は食べ物を使った対決。ただ食べるのでなく食べ物で遊んでいる要素が強く、いくらお笑いと言えどもやり過ぎかな。
 コントの方では所々面白い箇所もあったし、1編通して面白いのもあった。だけどもっと出来たのでは、とも感じられた。
 「もう一つの西遊記」−猪八戒の3人が腰に食べ物を付けて旅をする。途中銀角がやって来て村上の食べ物を、金角が大島の食べ物を奪う。が黒沢が金角を倒し、金角の持っていたイチゴのジャムを奪うが黒沢の持っていたのはうどん…。そして天守角が登場。3人でやっつけて食べ物の入った袋を奪うが、袋の中にはトンカツが。食べたら共食いだと3人はケンカをし、旅を辞めて和光へ向かっていく−これはこの3人ならではのコント。森三中らしさが出た面白さがあった。
 「立ちshonのお京のマネージャー」−お笑いタレント立ちshonのお京とマネージャー2人のコント。翌日朝のテレビ番組に出演するお京とマネージャーがネタ見せ後の楽屋で繰り広げる話。チーフマネージャとの板挟みになってハッキリしないマネージャーが立ちshonを怒らせ、最後はマネージャーが逆上し差してしまう−お笑いの要素が足りなく、ちょっとブラック過ぎる内容だったのが。
 「セクシーデビルフラワー」−大島と黒沢がデスメタルバンドを演じるコント。観客として来た村上がカバンの中からあめ玉を投げたりしてデスらしさを出す。また黒沢の相変わらず意味不明な歌で魅了する−ノリでやりきった感が強い。黒沢の歌は好きなんだけど。
 「BEST SHOT!」−合コンへ向かう3人。開始時刻まで12時間以上間がある。なのでプリクラを撮りながら時間を潰すことに。色々なショットを撮り遊んでいるところに、合コンキャンセルの電話が…−プリクラの写真を映していくのだが、これが面白い。3人の芸人魂と女性らしさがぶつかっていいプリクラが次々と出てくる。写真映りの良い村上にビックリ!
 「おどやんとピー助」−周りには店がこの1つしかないスーパーに来た村上。レジで待っていたのは喋らないピー助(黒沢)とおどやん(大島)。おどやんはお酒を飲んで出来上がっている。そしてピー助のためにこの店をやっているんだと、と話す。いい加減な客対応しかしないおどやんに最初は落ち着いていたが最後にキレる。そして外へ出ろ!となったところ喋らないピー助が、「この店はおどやんのリハビリのためにやっている店で、またやらかしてしまいました。お金はよろしいので許してもらえませんか」と謝る−逆転の展開にビックリ。おどやんのいい加減振りも大島らしく、黒沢の喋らないキャラもハマっていて今日一番のコントであった。
 最後はボツキャラ集。一番良かったのは安田大サーカスを真似たもの。
 森三中らしさは出ていたが、じっくりと時間をかけて作れたコントライブのネタ。もうちょっと熟成させたらもっと良かったのに。前回より更に面白いのを期待していたが、ちょっと外されてしまった感が強いまま劇場をあとにした。

 追伸。一番最初に1人1答の中で「インパルスの堤下が嫌いですか?」の質問に3人とも「はい」と答えていた。ネタのようにも思えたけど、どっちだろう?

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2004.10.11(月)    パリーグプレーオフ
 ライオンズ対ファイターズから始まったプレーオフ。シーズン以上の激しい試合の連続でとても刺激的な試合が見られました。今回のプレーオフ制度にした人、感謝状を贈りたいです。
 レギュラーシーズンにしても3位争いで消化試合なんかほぼ存在しなかったし、2位対3位対決も逆転につぐ逆転のシーソーゲーム。勝ち上がったライオンズとホークスの戦いも手に汗を握る試合ばかり。ここまで熱狂できるとは想像できませんでした。
 シーズン前、3位までに入ればいいんだろ的な考え方もありましたが、3位に入るのも至難の業で、そこから勝ち上がるのもまたしかり。野球の難しさや面白さを再発見出来ました。
 レギュラーシーズン1位の意味は何なの? て声も上がるのは普通でしょう。確かに全勝してもプレーオフで負ければゼロ。ありなのか、と言われれば答えに困ります。難しい問題です。この答えは簡単に出るモノではないです。いつか答えを出します、と書いて逃げます(失笑)。
 ホークスは1位通過で負けたけど、戦いは決して負けていなかった。ほんのわずか運がなかっただけ。王道野球は間違ってはいない。ライオンズはファイターズ戦からの勢いがホークス戦に繋がったと思う。1戦ごとに若さが伸びた。来年も楽しみ。ファイターズは3位争いからこのプレーオフを通じて北海道に野球のホームチームのある喜びを与えられた。札幌の地にファイターズが根付けそうだ。
 問題点はいくつかありましたが、プレーオフは普段表舞台に立てない選手達にも光を当てる事が出来たのではないでしょうか。まだ大までは付けられないですが、成功と言ってもいいでしょう。

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2004.10.10(日)    10/10 天皇杯3回戦 川崎対愛媛FC 愛媛FCの戦いに拍手
 キックオフと同時にジュニーニョにボールが渡る、が愛媛FCの選手が一瞬のうちにボールを奪いドリブル。川崎のモチベーションの低さと愛媛FCの下克上を感じた場面が前半の試合展開を物語っていた。
 コンパクトに守り素早い速攻。選手一人一人の個人技のテクニックは高く、思い切ったプレーをする愛媛FCの攻撃で試合は進む。上のチームに対して臆する事なく戦う。また研究をしてきたようで川崎の攻撃の芽をしっかり潰していく。
 川崎も相手の攻撃をただ見ているわけではなく対処をしているが、相手の気迫に押されっぱなし。試合時間が経過するに従って攻める時間が増えだすが、DFの枚数とシュートコースを切る守備でチャンスを与えない。また攻撃にいつもの迫力も感じられない。
 40分代に愛媛FCが2度のチャンスを作る。枠に飛ぶシュートを3本打たれるがいずれも吉原のファインセーブで難を逃れて前半が終わる。川崎サポーターからブーイングが飛ぶのも納得。
 後半もゆったりとしたスタート。どうなる事か不安になるが52分、意外な形で先制点を奪う。CKのボールに伊藤宏樹がヘディング。GKが取ったかと思いきやファンブルしボールはゴールへ入る。何ともあっけないゴール。これで愛媛FCイレブンの気持ちが崩れそうなゴールであった。
 先制点が取れて川崎はようやく楽になったのか、愛媛FCの守備の集中度合いが低くなったか、攻撃に拍車がかかる。59分センターライン上でボールを持ったマルクスが右サイドのスペースへ走るジュニーニョへパス。ジュニーニョがドリブルで上がりマルクスへ。マルクスはGKの頭の上をフワリと超すループシュート。ボールは見事にゴールネットを揺らし2点目。70分ようやくジュニーニョが目覚める。DFラインの裏を突いたパスを受けドリブル、GKを交わして無人のゴールへ蹴り込み3点目。締めは途中我那覇に代わり入った黒津。左側からグラウンダーのシュートは見事にネットに突き刺さり4点目。
 愛媛FCもただ点を取られていたわけではない。2点目を取られてからはリスクを承知の上で攻めていた。何度もチャンスを作っていたし、最後まで諦めた表情を見せていなかった。その精神は清々しい。
 試合は4−0と川崎が得点上は圧勝ではあったが、愛媛FCの奮闘が目立った試合であった。

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2004.10.9(土)    辛い心境
 現場へ参加して1週間、心身共に落ち込んでいます。もう逃げ出したいです。自分の力の無さを改めて実感し、地獄の底の底、そのまた底まで沈み込んだ感じです。ただ問題なのはまだ底が残っている事、しかもその底には底がない。上がろうにも蹴り上げる場所がないのだ。どうして良いのかわからない。毎日が憂鬱。
 本当に実力がないのですよ。なのにこの場所にいる心境、わかります? どうしたらよいのかわからない、でもここにいないといけない現状、わかります?
 負けない、負けたくない、自分に負けるもんか、と心を鬼にして仕事場に向かうけど、帰る時には肩を下ろしおちこむ日々。精神状態なんかいいわけない。ドンドン自分の世界へ入り込む。
 昨日は作ったプログラムについて色々と直したり変更すべき点を指摘されて貝になる。その後、心を懐柔されるがやっぱり貝のまま家に帰る。こんなプログラムしか作れない自分が悔しいし、悲しい。実力のない自分を殴り飛ばしたい。
 最初はみんな何も出来ない、とよく言われる。それはわかっている。でも現場に来た以上は最低ラインまで実力がないといる意味がない。その最低ラインにいないのに、どうして私はここにいるの? 存在の意味がわからないまま周りの仕事具合についていけず、落ちこぼれいる。
 でも来週になったらまた仕事場に行かないといけない。頭が、腹が、心が痛くても。そして辛くても。

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2004.10.7(木)    川崎憲二郎、引退
 10月3日ドラゴンズ対スワローズ。マウンドに上がったのは川崎憲二郎。久々のマウンドでの姿に喜んだが、実はこれが引退試合であった。肩の故障が完治せず、戦力外通告を受け引退を決意した。

 90年代、スワローズを引っ張っていた投手といえば彼しかいない。ジャイアンツ戦にめっぽう強くジャイアンツキラーと呼ばれていた。しなやかではない、どちらかというと九州男児を地で行く無骨な投球に何故かひかれた。無言で立ち向かう背中が格好良かった。
 津久見高校時代、甲子園で怖い顔の人が投げているというイメージしかなかった。高校卒業後スワローズに入団。当時のスワローズはまだ弱いチームだった。彼が少しずつ力をつけていくと同じようなペースでチームも強くなった。
 92年にスワローズはセリーグ優勝をするが、彼の姿はなかった。肩を痛め1軍での登板もなかった。翌年ライオンズに雪辱を果たし日本一になったが、彼は十分な活躍は出来ないまま終わった。そして95年に優勝するがまた怪我で離脱。優勝の場にいないイメージが強かった。
 が97年ブルーウエーブとの日本シリーズでようやく帰ってきた。イチローや谷、ニールたちを倒した姿が懐かしい。そして翌年17勝で沢村賞とカンバック賞を手にするが、ここがピークであった。成績は下降しまたも怪我をしてしまう。
 01年新天地ドラゴンズへFA移籍。だが1軍で投げる事はなかった。怪我のリハビリで日々を過ごしていた。今年開幕戦で投げるも序盤でマウンドを降ろされる。そして…。
 
 もし怪我がなったら、と考える。多分メジャーで大活躍できていたのではないか。同時期に同僚として戦っていた石井一久や高津真吾の姿を見ていると強く感じてしまう。彼のストレート、シュートでメジャーの強打者をバッタバッタとなぎ倒す姿を見たかった。
 最後の登板の最後のバッターはスワローズ時代の女房役であった古田。全盛期とはほど遠いボールだったけど気持ちだけは昔のままだった。
 ありがとう川崎憲二郎。お疲れさまでした。

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2004.10.6(水)    ツライです…
 現場で研修兼仕事(とは言ってもまだ仕事はしていないけど)が始まり3日を経過。早くも心が折れています。精神状態も少しずつ悪い方へ。この状況を抜け出したい気持ちで一杯です。家に帰る時もうダメってなります。
 しかし理由なく抜け出したいなんて言ってはいけない。一応プログラマの卵。自分自身を分析をしてみないと。どうしてダメなのかを。
 まず今自分が置かれている状況。仕事について何もできないのに現場にいるのがまずツライ。少しでも助太刀できれば良いのだけど、現状は…。付随しているけど仕事用のパソコンが来ない。このパソコンが来ないと仕事をやれない。これが精神状態を悪くしている一番の要因。
 また作っているプログラムを見て、こんなプログラムを作る事が出来るのか、とビビリまくり。1人で全部のプログラムを作るわけでなく、全員で力を合わせて作るのだけど、考えるだけで怖いです。
 他にも9時30分から18時30分まで8時間労働、でもまだ終わらない。1時間以上の残業もザラ。半年以上仕事をする場から離れていたし、隣と隣が近い状況は初なので緊張感が心身を襲ってくる。
 私より何ヶ月前に入った先輩がよく怒られているのを見ると、次は私の番かもとビクビク。上司は悪い人ではないし(むしろいい人です)どうして怒っているのかもわかるのだけど、私自身物覚えが良い方ではないので同じような怒られ方をするかも、と思うだけでウツ。
 考えてみたら色々とあるもんですな。これが仕事なんだから、と割り切るまでの心を持ち合わせていたらとつくづく心の弱さを嘆きたい。頭ではわかっていても心まで染まらない。
 慣れるまで我慢だし、仕事も一回自信つければやれると思う。だから今は辛抱あるのみ。「辛抱精神」が心に染みついてくれれば良いのだけど…。

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2004.10.4(月)    けっこう大変…
 先週月曜日に仕事に行きだし、研修という名の自習が続く毎日。というのも教育係の人を始め、ほとんどの人達が現場で仕事をしているから。毎日ノンビリと勉強をしていた。
 が今日より現場での仕事が始まってしまった。おい、ちょっと待ってよ。研修なんかほとんどしていないし、仕事用のプログラム練習もまだまだ。大丈夫なの? とにかく不安で一杯。
 朝現場へ到着。いよいよここで仕事をするのだな、と思うとガチガチに。挨拶もままならない、大丈夫かよ? 今日から使えるはずのレンタルパソコンがまだ着いていなく、今まで作ったプログラムの流れやローカルでのパソコンセッティング。仕事にはまだ進めません。
 1日終わってとにかくクタクタ。廻りも私に何も期待していないはずなのは明白。なんだけど何かを求められているような感じが突き刺さってくる。今回作っているプログラムを見てもわかる部分もあるけど、やけに難しい代物に見える。こんなプログラムを今後作れるのだろうか?
 不安が積もり積もって逃げ出したい気持ち。この状況に負けたくないけど、心が早くも折れそう。誰か、癒して下さい。

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2004.10.3(日)    モーニング娘。『The BEST of Japan 夏〜秋'04』 悩むところ…
 今回のコンサートは顔見せというか、コンサートをやりましたよ的なモノにしか見えなかった。5月のさいたまスーパーアリーナでのコンサートの出来が良かっただけに、続編である今回の夏秋コンサートは拍子抜けな気分。
 去年の秋コンサートは今までとはテイストが違っていて過去のアルバム曲をやったり、人数を絞って歌ったりとバラエティさもあって、春コンサートとは違う良さがあったのに、今年は人数を絞ったところもあったけど、曲の選定に意外性がなく淡々と流れた気に。また曲と曲との合間にやるMCというかミニコントも面白みがない。
 転換期になっているのだろうか?

 女子かしまし娘から始まったコンサートはザ☆ピース、そうだ!We\'re ALIVEで一旦MC、恋ing、Happy NightでMC美勇伝、飯田圭織、カントリー娘が歌った後に矢口・高橋・小川・新垣・亀井・田中・道重によるハッピーサマーウエディングと抱いてHOLD ON ME!、飯田・石川・吉澤・紺野・藤本によるサマーナイトタウン、全員でAS FOR ONE DAY、ここにいるぜ!、Mr.Moonlight-愛のビッグバンド-、HEY未来!、Memory-青春の光-、恋愛レボリューション21、シャボン玉、浪漫〜My Dear Boy〜、Go Girl〜恋のヴィクトリー〜で締め、アンコールが新曲の涙の止まらない放課後、愛あらばIT\'S ALL RIGHTで終了。
 彼女達の歌って踊っている姿は見とれてしまうが、曲の順番や編成などでそれなのかなぁ? と疑問に感じてしまう場面が多かった。
 また新曲の涙の止まらない放課後は初めて聞いたのだが、A面に入る曲ではないのでは? と感じてしまった。聞いていくうちに慣れていくのか。

 今回の秋コンサートはイマイチ盛り上がれないまま終わってしまった。寂しい気分で帰宅したのであった。

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2004.10.2(土)    10/2 川崎対横浜FC 2度目の優勝
 前節川崎はアウェーで水戸を下し5年ぶりのJ1昇格を決めた。J2最速のスピードで。そして今日の試合は昇格を決めて最初のホームゲーム。勝てば優勝の決まる試合でもある。
 ここ2試合等々力で負けているだけに今日こそは是非決めたいところである。

 これでJ1、大丈夫? と思いたくなる立ち上がり。J2スピードの動きをボールと選手。久々の14時キックオフも影響しているのか。とにかくヌルイ。
 両者ともに攻撃を仕掛ける。横浜FCは守りに人数をかけているせいで攻める時には数が足りなく簡単に川崎DFにいなされる。ましてや横浜FCは城を欠く苦しいFW。仕掛けてもなかなか前に向かえない。
 川崎はシュートチャンスまで行くが横浜FCのDFが数的優位に立ち守りきる。しかし4分の長橋のミドルシュート、22分の我那覇突破をクリアしたこぼれ球をマルクスのダイレクトシュート、29分のマルクスからのパスに我那覇がワントラップからシュート…チャンスはあるがGKやDFにクリアされる。が攻撃をするたびに一瞬のスピードが出始めてきた。
 39分、ペナルティエリアわずか外から右サイドへスルーパス。長橋がセンターへクロス、中央から駆け込んできたジュニーニョがフリーでヘディングシュート。見事ゴールを決めた(1−0)。
 前半はこの1点で終わる。攻めてはいるが川崎の攻撃に物足りなさを感じていた。乾きは後半が始まっても潤されなかった。
 46分我那覇が抜け出しGKと1対1に。ここは横浜FCのGK菅野の足にボールが引っかかりチャンスを逃す。49分CKのピンチからカウンター。久野が横浜FC陣地に深く入り込みクロス、ジュニーニョにわずかに合わない。がこの後、攻めているのにシュートまで行けない。崩しきれない。
 69分、マルクスのDFの裏を突く縦パス、ジュニーニョと我那覇が重なるが、ジュニーニョが取ってGKの動きを見ながらボールをゴールへ蹴り込む。ようやくの追加点を奪う(2−0)。
 その後右サイドから切り込んだ長橋を横浜FC杉本が倒してしまいPK。マルクスが右隅へしっかりと決めて3点目(77分)。69分に我那覇に代わって入った黒津がマルクスからボールを受けてDFを交わし、左足でのシュートを華麗に決めて4点目(80分)。4−0でJ2優勝を本拠地等々力で決めた。
 試合の最後になってようやく本領を発揮した。ただ昇格を決めた後の試合のせいか、気迫が足りなく感じられた。

 試合後J2優勝セレモニーが行われた。実は前回のJ2優勝は別日に2位チームが90分で勝敗が決しなかったためにサポーターが見ていないところでの決定だった。なので試合に勝って決まっての優勝セレモニーは初。前回の優勝は実感がなかったので、今回の優勝は忘れ物を取り返したような気持ちでセレモニーを見つめていた。

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2004.10.1(金)    本当にさらにやばい状況?
 10月と言えば森三中の今年3本目のコントライブ「本当にやばい状況」最終章のある月。そして時を同じくして私の心が折れる出来事がある月でもある。
 過去4月は職探しと職業訓練試験と結果待ちで心がいつもより一層病んでいた月。どうしたらよいのか彷徨っていた。
 7月はお金が底を尽き、バイトでは落ち込む事ばかり。訓練のプログラムの方で伸び悩みも見られ、やっぱり病んでいたかも。バイトに行きたくない気持ちが強かったなぁ。今も強いけど(苦笑)。あと仕事についても悩んでいたっけ。
 そして10月。何かが起こるはず。何だろう? まず頭に浮かぶのは仕事。プログラマに就いたはいいけど、理想と現実の狭間で崩れる。そして心が折れる可能性大。ましてや来週から現場で実習をしながら仕事。今から不安だらけで心がくすんでいる。仕事がきっかけで破壊されてしまうかも。
 お金がないので借金苦で心が折れる。これもありそう。人間関係のこじれで精神が崩れるかも。とにかく今までにない事で心が折れる可能性が高い。一体何で起こるのだろうか?
 でも大穴として考えられるのが森三中のコントライブを見に行けない事かも。これ見逃したら相当ヘコむね、間違いないよ。
 本当にさらにやばい状況にならないように今から願掛けをします。仕事に就けて1週間、心に余裕がないので傷が出来始めているので楽になりたいです。

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2004.9.28(火)    9/24 バファローズ対ライオンズ 伝説の幕切れ
 延長11回裏一死、2塁には2ベースで出塁した大村。バッターは途中から出場している星野。ピッチャーはライオンズ抑えの森慎二。2球バントを失敗した3球目。星野の振りきったバットから飛んだボールはライト線へ。フェアグラウンドで跳ねたボールはそのまま線上を転がる。2塁ランナーの大村は3塁ベースを廻る。1塁ベンチにいる選手はもう飛び出している。大村がホームを踏んだ瞬間、バファローズホームゲーム最後の試合を劇的なサヨナラゲームで締めた。
 セカンドベース付近にいた星野に選手が群がり手荒な祝福を。スタンドは大爆発。まるで優勝を決めたような盛り上がりだ。

 最終戦で内外野自由席は無料。徹夜組を含め1塁・ライト側に多くの人が列を作り、開門が1時間早まり15時に大阪ドーム開門。入口では1軍登録されていない選手達がお出迎え。選手達のぶ厚い手と握手をした瞬間、野球選手に憧れていた少年時代を思い出した。ドーム内では常連客達が最後の写真撮影をしながら挨拶を交わしていた。
 今季ホーム最終戦は過去激闘を広げたライバルライオンズ。がライオンズのスタメンにフェルナンデスはいるがカブレラや和田のいない迫力のない打線。一方バファローズはオール日本人ながらも1年間戦い続けたメンバー。バファローズに風が吹いているように思えた。
 2回表1死1・2塁で野田のヒット、2塁からGG佐藤がホームを狙うがアウト。ピンチを抑えたその裏の攻撃。1死から益田が3ベース。阿部真宏は浅いショートフライに打ち取られるが、藤井が先発大沼からライトヒット。スタンドは盛り上がりを見せた。が直後の3回表先頭打者の大島がライトスタンドへHR。盛り上がった風船は一気にしぼんだ。5回表にも野田がソロHRで1−2と逆転を許すと同時に観客は沈みきってしまう。だが観客を再び盛り上げたのは皮肉にも5回裏からマウンドに上がったライオンズの松坂が登場した瞬間であった。6回裏には中村紀洋との対戦に目を奪われる。松坂は中村を抑えたあと降板したが、場内から大きな拍手で送られベンチへ戻った。
 松坂がマウンドから降りた後、長田へ。6回は抑えるが7回裏、藤井にヒットを打たれ大村を抑えて降板。豊田がマウンドに上がるが、星野が2ベース、礒部四球で満塁。ドーム内がはち切れんばかりの期待感になった。バッターは途中から中村に変わりサードを守っていた永池に変わり川口。川口は一振り、ボールは左中間奥深くへ、犠牲フライに。2−2の同点に。2死1・3塁で北川。逆転の希望も高まるがサードゴロ。同点で終わる。
 直後の8回表、1死より代打柴田がヒットで出塁、盗塁。2死になり石井義人に変わり代打高木浩之。三遊間へ転がるボール。抜けたか、と思えたがショートの阿部がキャッチ。柴田は抜けたと思い三塁ベースを廻っている。阿部はホームへ投げる。藤井がブロックし逆転は許さない。
 これでバファローズに流れが傾いた。8回2死阿部が打ち損ないのゴロ、豊田が1塁へ悪送球で塁に出る。9回2死から礒部四球、高須がサードゴロでチェンジ、のハズがフェルナンデスがファーストへまさかの悪送球、2・3塁に。バッター北川。3年前のリーグ優勝を決めた男の登場にサヨナラの雰囲気で充満する。だがここでも北川はサードゴロで終了。延長に入る。
 バファローズは高村が5回で降板後、加藤(2回)→小池(1回)→福盛(2/3回)→赤堀(1/3回)。10回から高木がマウンドへ。点を与えない気迫の投球を継続させる。また8回にはオープン戦でアキレス腱を切った吉岡が今シーズン初打席。大きな声援を受けていた。
 そして11回裏、歴史に残る最後の攻撃が始まった…。

 選手達は一旦ベンチへ引き上げた後、サインボールを手に場内1周。最後の試合に勝って喜びを表す者、最後のホームゲームに感慨深い表情の者、様々な表情で練り歩く。スタンドも涙で選手を迎える人がいたり、大声で選手名を呼ぶ人いたり。ラストにするには寂しいくらいの一体感がスタジアムを包んでいた。1周後ライトスタンドをバックに全選手の記念撮影。改めて終わってしまうのだな、と実感。
 ライトスタンドでは応援2次会が行われ、その後場外で3次会。まだまだ応援したりない気分であった。来年も応援したいのに…。

 星野がヒットを打った瞬間喜びと同時に寂しさもあった。終わってしまうのか、と。試合開始前の応援の時もこれで最後なのかと思ったら涙が出てきたが、また違う感情がライト線を走るボールを見ながら生まれていた。
 こんな良い選手の揃う・応援の面白いチームを応援できない悲しさもあった。2つのチームが合併しても何も生まれないのに。

 伝説の江夏の21球を父方の祖父の病室で見ていた。10・19はテレビを必死になって見続けていた。89年ブライアントの西武球場で4連発。日本シリーズでの3連勝4連敗。北川奇蹟の代打逆転サヨナラ満塁ホームラン。様々な歴史を生み出したバファローズ、最後のホームゲームも伝説となって消える。

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2004.9.27(月)    ご報告
 言おう言おうと思いながらも、色々なネタがあったり、他の結果待ちだったりしてなかなか報告が出来なかったのですが…仕事見つかりました。しかも今日から勤務です(パチパチ)。ちなみに小さなコンピュータ関連の会社です。
 実は先々週の金曜日に連絡があったのですよ。ただ本命所からの連絡を待っていたので自分自身の中で保留をしていました。ですがリミットと決めていた水曜日までに連絡が来なかったので行く事を決めました。
 早速本日行って来ました。今日は事務説明と今後の予定などを。昼からは研修、というより読書の時間。研修は明日から4日間でその後現場での仕事をしながら研修になるらしい。ってホントかよ! だって学校で学んだくらいだよ、研修に時間かけてくれないの? ビックリですよ。
 そんなわけで勤務初日が終了。何もなかった今日、明日から地獄なのだろうか。それとも…。考えるだけで怖い。

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2004.9.26(日)    川崎フロンターレ J1復帰
 今日は独り言を書くつもりはなかったんだけど、川崎フロンターレが昇格を決めたとなれば話は別。緊急入稿ですよ。

 5年ぶりのJ1への復帰。待望の再昇格である。本当に長かった。
 やっとですよ、やっと。簡単に戻れるはずと思っていたのに、こんなに長くかかるとは。
 ホッとはしています。だけどこれで終わりではないのですよ。まだ優勝を決めていないし。それにようやくスタート地点に立てたわけですから。
 スタート地点。他のJ2チームに対して失礼だ、と言う声もある。わかっている。だけどJ2にいたら世間にアピールできないし、世界にも発信できない。J2はまだ井の中の蛙状態、大海に出てもまれながら大きくならないと。だから世の中にフロンターレを知らしめるためにはJ1にいないといけない。だからJ1昇格はスタート地点なのだ。
 来年2005年はJ1。今度こそ1年で降格したくないし、ずっと1部に居続けたい。二度と同じ轍を踏むな。そして優勝を。

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2004.9.25(土)    0泊3日大阪旅行記
 9月23日(木)
 16時キックオフの川崎対山形の試合を見た後、家に戻り旅行の準備。いつでも行ける体勢にはなっている。食事をしてノンビリする。
 21時半に家を出るが忘れ物があったので戻ってから駅へ向かう。そのために乗らなくてはいけないリミットの電車に駆け込んで入り込む事に。実は忘れ物、もう1つあったのだが、この時点では気付いてはいない。
 22時30分発青春ドリーム大阪3号が発車。ダブルデッカーだが4連の座席のバス。足は伸ばせないし、落ち着いて寝る事も出来ない。幸い隣が空いていたので良かったが。
 仮眠程度で夜を明かす。

 9月24日(金)
 目が覚めたら千里ニュータウン。うつろな目で外を眺める。大阪駅までわずか。普通ならここで降りるのだが、今回は湊町バスターミナル(OCAT)まで乗る。初めて行くOCAT。綺麗なバスターミナルは駅のようであった。JRなんば駅に直結しており、また地下鉄にも乗れて使い勝手が良さそう。
 JRなんば駅、いや昔風に言うなら湊町駅か。10年前なんばウオークの端っこまで歩かされ、ようやく着いた所がホームも駅舎も汚く暗い、電車の数も少ない支線の終着駅。場末の雰囲気がプンプンしていた。それが今は地下に入っていて、中身が一新されていた。OCATの上がオフィスビルというのもあるのだろうか、働く人達の駅って感じがした。
 電車に乗り今宮駅で大阪環状線に乗り大正駅。いよいよ目的地大阪ドームへ。実に2年ぶりの降臨である。7時30分に到着し、ライトスタンドの列に荷物を置く。列は長そう。ライトスタンドの下段に入る事は出来るだろうか。列の登録も終わりドームを背もたれにし朝食。一旦バファローズショップへ行くが、それ以外は本を読んで時間を潰す。
 お昼頃に大粒の雨が襲う。屋根のあるドーム側にいて正解だった。雨がやむと今度は強い日差しが。さてコンタクトをするかとカバンを開けると、ない。忘れ物とはこれ。メガネだと視力が0.2程度。試合が見られるのか。コンタクトを忘れたショックで落ち込む。
 14時に列が一回動く。これは予定通り。かなり前の方へ進む。開場時間は16時だが変更もある。なので警備員の声が聞こえる範囲の所にいてくれと。この時間を利用してコンビニへ。帰ってきたら列が動きそうだ。慌てて走り列に加わる。あと1分でも遅かったら…ゾッとした。
 15時に開場。この日は内外野自由席が無料ということもあり、また大阪ドーム今季最終戦でもあるので早くから多くの人達がいる。何とか応援ゾーンである外野自由席下段の1席をゲット。ただ試合開始まで3時間待つ事に。周りは常連客同士最後の挨拶や写真撮影をしている中、私は非常に暇だった。
 18時、バファローズ今季ホーム最終戦バファローズ対ライオンズが始まる。試合は2回裏に藤井の先制タイムリーでスタジアム全体が盛り上がるが、直後の3回表野田のソロホームランが。一気に静まり返る。5回表の大島のソロホームランで1−2ライオンズリード。5回に松坂が登場しまたスタジアムが爆発。応援も「西武を倒せ」から「松坂倒せ」に。松坂は1回1/3を投げ降板する。7回裏川口の犠牲フライで同点になり、9回で決着が付かず延長戦に。
 11回裏一死から大村が2ベース。星野が2度バントを失敗しその後振ったバットから放たれたボールはライト線へ転がる。大村がホームを踏みサヨナラゲーム。選手が一斉に2塁ベースにいた星野へ走り出す。まさに劇的なゲームであった。
 一旦選手がベンチへ戻りサインボールを持って場内一周。その後ライトスタンドをバックに選手が集合写真を撮って終了。コメントやセレモニーなどなかった。物寂しい。
 応援2次会が始まった。マリンスタジアムと同じように88年・89年・01年などの応援を。こうやって応援するのも最後かなと思うと涙が零れる。こんな多くの人達と応援できる喜びも涙を増やした。チャンステーマ2(いわゆるタオル踊り)でレフト側からアンコール。ライオンズファンも好きだったんだな、これ。
 22時20分頃から始まった2次会は23時過ぎに終了。がこれで終わらない。ドームの外で3次会開始。結局0時を過ぎて全応援大会が終わった。
 余韻に浸りながら大正駅へ。ここであと5分遅く着いたら終電に間に合わなかった事実を知る。0時19分大阪行きが終電、しかも天王寺周り。西九条方面の電車は終わっている。なんたる事か大阪環状線!
 終電に乗り大阪へ。朝までマンガ喫茶で籠城予定。なので梅田界隈でマンガ喫茶を探す。飲み屋の呼び込みが五月蠅い。ようやく発見したマンガ喫茶、実は2年前にも入った事のある所。あの時も大阪ドームで野球を見た後にここへ来たんだっけ。懐かしい思い出でもある。5時間ナイトパックでクッキングパパの読んでいない巻を読み、残りを仮眠にする。

 9月25日(土)
 6時にマンガ喫茶を出てコンビニで朝食を食べてから大阪駅バスターミナルへ。7時10分発東海道昼特急4号に乗る。まともに寝ていないのだから当然眠い。しかもこのバスは行きとは違って3連のリクライニング座席。じっくりと寝る。浜名湖SAで目覚める。4時間近く寝ていたか。浜名湖は大きくおおらか。じっくりと見ていたいが時間がない。今度はここを見に来たいな。
 またバスの中で睡眠大会。16時にバスが東京駅日本橋口へ到着。買い物をして17時帰宅。洗面台にあるコンタクトケースが悲しい。大阪ドームで買ったミニチュアバファローズ旗とユニフォームを着たテディベアをパソコンの上に置く。

 今回の旅、お金の問題とかがあって行くべきか迷ったけど、行って良かった。多分行かなかったらしばらく悔恨で一杯だっただろう。日程・金銭面では苦しくなったけど。
 今でも星野のタイムリーの場面は頭に残っている。もうバファローズは見られないのか…。でも最期を見届けられた。それだけでも良かった。

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2004.9.24(金)    大阪から野球の火が消えた日
 延長11回、星野がライト線へヒットを打ち、2塁から大村がホームへ駆け込んだ瞬間バファローズはサヨナラ勝ちを収めた。が大阪近鉄バファローズの最期を告げるヒットでもあった。

 6月にブルーウエーブとの合併話が持ち上がり世間の反対の声を聞かず合併へと進んだ。密室での1リーグ制への移行に、ついに選手会も立ち上がった。合併や1リーグ制に対しストも辞さない覚悟で交渉を始めた。が立ち上がるのが遅かった。合併がほぼ決まってからの経営側との交渉スタート。バファローズを買う企業も現れたが合併までに至れない。全ては1リーグ制のための合併だったから。
 ストも行われたが結局は合併は選手会も認めざるをえない状況になってしまった。もう大阪近鉄バファローズはオリックスブルーウエーブとの合併チームになってしまうのがほぼ決まりになった。

 9月24日大阪ドームでのバファローズ最終戦。内外野自由席は無料という事もあり満員の観客で埋まった。1回から熱い応援がスタジアムをこだました。その中でバファローズは最高の試合をした。高村がソロホームランの2点で抑えれば、後を継いだ加藤・小池・福盛・赤堀・高木が0点で抑える。バファローズは藤井のタイムリー、川口の犠牲フライで2点、そして11回の歓喜が訪れた。

 大村がホームインしゲームセットをした瞬間、もうこのメンバーで試合をする事がないのだな、バファローズとしてもうここで試合をしないのかもしれない、これで終わってしまうのか等とふと頭に浮かんだら自然と涙が。こんないい選手達を、熱く応援する人達をバラバラにしてしまうのが許せなかった。

 西宮生まれ・阪急電鉄を親に持つ神戸っ子のブルーウエーブと南河内生まれ・近鉄電鉄が親の生粋の浪花っ子のバファローズが合併。生まれも育ちも違うチーム同士のチームをファンはどう応援すれば良いのか? 文化も歴史も違うチーム、結婚とは違う。1+1は2にはならない。関西の雄としてしのぎを削った相手との合併にファンは付いていけない。全く違うチームが出来上がる事を経営者達は理解しているのか。
 新チーム名はオリックス・バファローズになるとの報道があった。大阪ドームをメインとするが、ヤフーBBスタジアムとのダブル本拠地とする。一方的に作られたチームに対し、大阪の人達は愛情を持てるのだろうか。合併球団なんか応援するか、というボードがあったがこれがファンの声を代弁していたのではないだろうか。

 南海ホークスがダイエーに買収をされてから大阪を本拠地にするチームはバファローズだけになった。タイガースは大阪のチームのように言われているが、実際本拠地があるのは西宮市、兵庫県である。純粋な大阪のチームはバファローズだけであった。
 ファンが愛していないバファローズという名のバファローズは生まれるが、いつまで大阪の地に留まっているかわからない。いつの間にか神戸が本拠地になっているかもしれない。
 2004年9月24日。大阪の街から野球の火が消えた。ピープルズチームはもういない。

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2004.9.23(木)    9/23 川崎対山形 2度目の足踏み
 勝負事に「たら・れば」は禁句ではあるが、もし黒津がシュートを決めていれば、寺田が林に抜かれなければ等。試合後「たら・れば」が頭をよぎった。

 14時キックオフの大宮が勝ったため、この試合を勝つと昇格が決まる。対戦相手は今季1勝1敗1分の相性の悪い山形。最後の対戦、是非とも勝ちたい相手である。中村・伊藤宏樹は累積警告で出場停止だがジュニーニョが3試合振りに復帰。得点力不足解消への足がかりになりそうだ。
 14分アウグストから左サイドに流れたボランチの相馬がクロス、後ろから走り込んだマルクスがフリーでヘディングシュート。これがジャストミートし川崎が先制。欲しかった先制点を川崎が奪う。
 川崎はドンドン攻める。今日で昇格を決めると言わんばかりにジュニーニョ・マルクス・我那覇の3人を中心に猛攻を仕掛ける。わずかに枠を外すシュートもあり、アウグストのポスト直撃のシュートあり。2点目も近いかなと感じもあった。ただ山形のシステマチックなサッカーが何とも不気味であった。組織がしっかりしているスタイルに川崎がハマリかけていたからだ。
 後半開始して悪い予感が的中しだす。徐々に山形ペースへ傾き始める。コンパクトに守り、横並びの2列目とFW陣が入れ替わりながら攻めるパターンに川崎は浸食されていく。最終ラインでクリアをするが山形がボールをカットし再び攻めるが20分以上繰り返される。
 川崎もただ守っているわけではない。カウンターを狙い山形ゴールに襲いかかる。69分に我那覇に変わって入った黒津がチャンスをもらう。71分ジュニーニョから右にいた黒津へパス、シュートはGKに弾かれる。76分ジュニーニョのドリブル突破から左のフリーでいた黒津へ。がシュートは大きく枠を外す。もしこのシュートが決まっていれば試合は終わっていただろう。
 79分途中出場の元川崎の林が左サイドからDFを交わしドリブルで勢いをつけてミドルシュート。弾丸のように飛び出したボールは横っ飛びのGKに触れられる事なくゴールへズドンと入り込む。山形同点。流れは一気に山形へ。アウグストが怪我でピッチを離れていた86分、アウグストの左サイドでボールをキープした永井をオーバーラップした途中出場の高橋が受けセンタリング。大島がダイビングヘッドで合わせたボールはゴールネットを揺らし、山形が逆転する。
 川崎はマルクスが足をつり83分に今野と交代している。アウグストも渡辺と交代。攻撃の厚みがない状態に。ジュニーニョ1人で奮闘するが、山形の攻撃を掴みきれない。守りを崩せない。
 結局1−2、山形の逆転勝ちで試合が終わった。

 川崎は勝てるチャンスを自ら逃してしまった感もある。前半の試合が出来ていれば良かったが、後半は完全に山形ペースで進んでいった。その結果が逆転負けになった。
 足踏み。引き分けでも良かったのに1点を取る事にこだわりすぎたのではないか。そんな気がした。

 山形は今季初めてまともにサッカーを見た。目立つ選手はいないがシステムと組織プレーには感動。大宮と同じく4バックの中盤横並びシステムを採用しているが、サッカーの質が大宮より上。正直選手個人のレベルは低いが、個人個人がこの場でやるべき事をしっかり把握しているし、サブの選手もどのような役割をするのかをわかっている。
 このチーム、是非ともJ1に上がってきて欲しい。J1で見たいチームである。

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2004.9.21(火)    私的北海道祭り
 毎日昼12時はスカパーの吉本ファンダンゴTVのワイワイワイが私の楽しみ。もっとも昼間は家にいないから生で見る事はまずないのだが。このワイワイワイ、去年の10月にスタートしたのだが1周年を機に毎日のMC陣が一新される。一押しのタカアンドトシも卒業してしまう。来週は生放送をやっているルミネ・ザ・よしもとへ行けないので最後の記念に生観戦。
 12時に着いてエレベータの壁に寄りかかりながら見る。安定して面白いタカアンドトシのトークとコーナーに笑いながら1時間が終わる。放送の最後に来週で最終回と発表し、改めてタカアンドトシの回が終わってしまうのだな、と寂しい気分に。
 全てが終わった後、京王百貨店へ。屋上のペットショップで今度水槽を買った時の砂利の選定と金魚をウインドーショッピング。金魚を見ているのって見ていて飽きない。見ながらうちの金魚の状況を考えてしまう。もう少し大きな水槽にしてあげたい。仲間も増やしてあげたい。金魚とは群を作る事で安心感を呼ぶそうだし。
 屋上でノンビリした後は7階の催し物「大北海道展」で森駅のいかめしと北海道コロッケ、スープカレーのレトルト、プリンを購入。いかめしとコロッケは晩御飯に頂く。そしてデザートにプリン。北海道の食の広がりを満喫する。
 札幌出身の漫才コンビ・タカアンドトシのテレビ生収録から始まって北海道展で北海道の器の大きさを知って、美味しく食べて北海道祭りは終了。北海道は旨かった!

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2004.9.20(月)    祝2周年記念日
 「たくさま。の手帳」−無事2周年を迎える事が出来ました。パチパチ。これもひとえに私自身が頑張ったおかげだと思っています。1年間にも書きましたが、誰も見ていない、反響もないHPを続けていくのは私自身の継続させようとする気持ちか、もしくは暇つぶしにやっているかどっちかしかないわけで。
 いつまで続くのか始めた当時は想像つかなかったけど、なにげに3年目に入ろうとしている。なんかすごい。ただこの先続くのだろうか。そう考えることもあるわけですよ。特に来週からどうなるのかな、と。
 だけど学校へ通うや研修が始まるなど、もしかすると続かなくなる可能性もあったのに続いているのだから、多分まったりペースで続いていくのではないのかな。
 気を張らず、自分のペースで更新し続ける。この気持ちだけを忘れずにやっていこうかな。気張ったところで何も生まれないのだし。これからも気長にやっているHPとして。

 何はともあれ、3年目もよろしくお願いします。

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2004.9.19(日)    プロ野球ストを考える
 最初にお断り。私はスト推進派で、もしかするとスト強行派かもしれません。それを承知の上でこの文章を読んで下さい。

 先週の交渉後の会見後の経営者側のコメントを見て、プロ野球選手会がストを起こすと確信した。経営者側に誠実さのかけらを見られなかったからだ。
 古田会長の「バファローズが存続する可能性があるからストを延長する」と発言。しかしその後経営者側から出てくる言葉は一様に「合併凍結はしない」と。古田会長1人だけが凍結すると思い込んだとは到底考えられない。スト回避のために選手会を上手く言いくるめたとしか見えない。仮に違うとすれば今回のストは行われなかっただろう。
 簡単に言えば、経営者側は選手を軽く見ているという事。どうせストなんかする気もないくせにと思っているのだろうし、雇われの選手のくせに生意気言うな、というおごりが見える。

 軽く見ているといえば、経営者が経営についても軽く見ている。毎年赤字で親会社からの補填でまかなっているのに、大きな顔をしている。うちは年間10億円の赤字ですよ。いやいやうちなんか30億円ですよ、って赤字を自慢している。赤字ばっかりで経営者失格なのではないですか?
 そんな人達が新規参入の会社についてと赤字がどうの経営できるのかって言う資格はあるのですかね。少なくとも合併する2チームの代表者は言える資格はない。もちろん新規参入の選定なんかもってほか。

 赤字が続く経営を続けていれば当然破綻は生じる。それを全て選手の年俸や契約金諸々に責任をなすりつけている。自分達の能力のなさを無視して。球場へ足を運ぶが、ガラガラのスタンドをよく見る。何もパリーグだけではない。セリーグだってガラガラ。どうしたら増やすのかを考えているように見えない。セリーグはジャイアンツ戦で赤字を補填。パリーグはそれが出来ないか困っているだけ。
 結局はジャイアンツ利権を狙っているだけ。

 新規参入、どうして再来年以降なのだろうか。1リーグ制については議論され尽くしていないのに来年から1リーグへ移行させようとしている。たかだか2ヶ月で移行できるのに、どうしてチームを増やす事が出来ないのか?
 「破壊なくして創造なし」とはよく言われるが、経営者側は破壊しかしていない。創造を考えていない。野球界を良くしようとする気持ちなんか持ち合わせていない。そんな人達に野球界を託す事はできないし託したくもない。

 今ある野球界を変えるには、風通しの良い世界にするには悪しき習慣を取り除かないとならない。例えばお金に関わる事、ガラス張りでなはい経営、ファン不在の球界編成など。Jリーグやメジャーリーグのおかげで野球界の悪いところが浮き彫り出されている。それを1つずつ直して行かなければ野球界の10年後どころか1年後もない。
 改革するためには何か行動を起こさないといけない。それがストだと思っている。選手会が代表して動いている。彼らならやってくれると信じていた。だから選手会の行動を支持する。野球を見られないのは辛いけど、20年後に野球がなくなっている方がよっぽど辛い。より良い方向へ向かうのなら、耐えます。
 選手会には変な妥協はして欲しくない。最後まで信念を持ち続けて。

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2004.9.18(土)    9/18 湘南対川崎 第4クール、昇格目前
 開始7分、左ショートコーナーからアウグストのパスから我那覇得意の右側でなく真逆の我那覇ゾーンから湘南DFを交わしながらのシュートが見事ゴールに入り川崎が先制。川崎にとって3試合振りの得点でもあった。

 先週の大宮戦での昇格は逃したが、この試合と他所での結果次第で昇格が決まる。川崎にとってはまず目の前の試合に勝って他のチームの結果を待ちたいところ。がチームは2試合連続無得点。
 湘南はこの試合から女子日本代表監督であった上田栄治が5年ぶりに湘南へ戻り指揮を執る。また前回の対戦が2−1ながらも湘南は10人での戦いを強いられながら互角の戦いをしていた。その点からも川崎には厳しい試合になるのでは、と予想された。
 しかし累積警告で欠場していたジュニーニョは肉離れで休んだが、アウグストは復活。攻撃の軸でもあった左サイドの復帰はチームの勢い戻させるには十分であった。試合開始直後から左サイドからのチャンスメイクで湘南ゴールを脅かす。その中で7分に我那覇がゴールを奪った。アウグストからのアシストで。
 川崎が攻めて、湘南がカウンターを狙い川崎DFにカットされるという図式が前半だった。それは風がアウエー側からホーム側へと強く吹いていたからもあるが。
 後半が始まってしばらくは川崎攻勢の時間帯が続いた。が我那覇のクロスからのノートラップシュートはわずかに合わず、中村のシュートもGKに弾かれる。マルクスの頭で反らしたシュートもわずかに枠の上。点が入りそうなのだが入らない。
 すると風に乗って湘南が攻撃を開始し出す。前半はカウンターをするにも、FWが中盤まで戻っての攻撃だったのでシュートの前で芽を潰されていたが、後半は何本もシュートが襲いかかる。が川崎DFの守りとGK吉原のキャッチでフリーのチャンスは作らせない。ただCKだけが怖かったが、凌ぎきる。
 川崎はシュートチャンスまで行けず苦しい後半になるが、久野から相馬へボランチを変えたり、今野から飛騨へチェンジしたりして守りながらも打開を図る努力もする。
 結局湘南は最後まで川崎DF陣を崩せず、川崎は虎の子の1点を守りきり0−1で川崎の勝利で終了。結果だけを見れば接戦ではあったが、川崎から見たらもっと楽に勝てた試合ではあった。

 山形もしくは大宮の引き分け・負けが昇格条件であったが、両チームは勝利を収め今節の川崎の昇格はなくなった。が次節の相手は山形。勝てば文句なく昇格が決まる。が試合開始前に大宮の試合が終わる。この結果次第では昇格は決まってしまうが、勝てば優勝になる。
 どちらにしても23日の等々力は熱くなりそうだ。

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2004.9.17(金)    延長戦 忘れ物と試合終了
 プロ野球ストの話は多分明日に。言いたい事がありすぎて、頭の中を整理したいのと、この話を自分の中でしっかり考えてみたいから。

 昨日で訓練が終わった、ハズだった。しかし何故か11時半に池袋にいる。向かうは駿台電子専門学校。5月から3ヶ月間通っていた学校である。 理由は2つ。1つは昨日返すべきの物、ネームプレートを渡すため。いつもと違うバックを持って研修先に向かったので忘れていたのだ。郵送でもいい、と言われていたのだけどする事もないし、池袋へと。
 学校へ向かう途中にある劇場・シアターグリーンは改装のため壊されていた。由緒ある劇場は新たな形になってまた復活する。だけど何もなくなっているのを見ると、寂しい気分に。
 学校へ行きネームプレートを渡し、もう1つの用件を告げる。それは使っていたパソコンの中に入っているソフトをコピーするため。Javaのプログラムを作るためのフリーソフト「Ecripse」、これに研修先でもらったデータも入っている。それも開発に必要な物を。だからこれを勉強のために持って帰ろうと。
 本当なら昨日持って帰っても良かったのだけど、忘れていたのだよね。
 で「Ecripse」をUSBメモリにコピー。がメモリは64MBで「Ecripse」の必要メモリは98MB。足りません。どうしようか考える間もなくビックカメラで256MBのUSBメモリを購入。しょうがないか、この出金は。痛手だけど。
 コピーをし終わって学校を出る。そして向かうはハローワーク品川。訓練が終わった書類を提出するために。係りの人に提出しこれで訓練に関する事柄は全て終了。昨日修了式が終わったけど、この作業で本当の意味で訓練が終わった。
 振り返ってみて、色々あった。多分私だけが第2希望でのJavaプログラミング技術科を選択したのだろう。アイウエオ順なのに学生番号一番最後が私。ワ行の後にタ行はあり得ないでしょ? それはさておき、不安だらけだった訓練開始から3ヶ月、どう仕事に反映するのだろうと更なる不安が襲っていたが、研修で今後どんな勉強をしていったら良いのかを教えてもらった。以外にスムーズに頭に入っていったプログラムの授業。楽しくて早く前に進みたかった。
 プログラム以外の授業、データベースやネットワーク、HTMLなどがJavaに必要とわかったのも大きかった。研修でプログラムだけでは何もできないのを知ったし、どうして授業を受けたのかも実感できた。大きな視野で周りを見ないと仕事にならないのだから。
 無料で授業を受けていたわけだけど、良い時間を過ごせたと心から感謝をしている。だからプログラムが出来る仕事を見つけるのが最大の恩返しなのだ。
 訓練が終わってもまだ仕事はないが、早く仕事を見つけようと考えている。やるっすよ!

 追伸。実はまだ話せない話もあるのだけど、それは後日に。

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2004.9.16(木)    研修日記最終回 修了式
 不定期かつ超短期連載、研修日記最終回。
 ついにこの日が来てしまった、研修最終日。そして4ヶ月間の訓練も修了。長いようであっという間に時間が流れてしまった気がする。
 9時より研修での実習成果の報告と総括を1人ずつ前に出て発表。私は一番最後の出席番号なので、もちろんオオトリ。前の人達が言いたい事を喋っていくので正直焦る。
 いよいよ私の出番。成果を発表。だがここで舞い上がってしまう。結構自信を持っていたシステムだけど、いざ発表をするとあんまり説明をする場所がないや。ありきたりのシンプルな設計なので当たり前のなのだけど、ここで動揺。それが4ヶ月間の総括にも影響を及ぼす。頭の中で言いたい事が整理されない。何とか切り抜けるが、疲労困憊と自分自身への情けなさで一杯に。いつもの事だけど。
 発表会が終わったら修了式。修了証書をもらい、今後の説明を受ける。11時まえに全てが終了。雇用保険適用者はハローワークに行かなくてはならないので、ほとんどの人達はさっさと帰宅。私は違うので、公園で一息つけた後、増上寺に寄って研修期間中の無事を報告。増上寺には精神統一をさせていただいた感謝しています。
 ハローワークへ行っても良かったのだけど(近い内に出動しないとならないのだが)、今日はノンビリしようと帰宅。そして昼寝。疲れもピークだったので良い昼寝が出来た。

 明日からは学校にも研修先にも行かなくていい。なんだか寂しい気分。ただ2つの場所からきっかけをもらった。あとは自分で花を開かせる事のみ。仕事を見つける以外にもやるべき事はある。例えば資格を取るとか、自分の技術を磨くなど。今何をすればよいのか、わかった。
 多分これから不安な日々が続くと思う。もう逃げてしまおうという気持ちになるだろう。だけどこの4ヶ月間をムダにしないように、心を一つに戦っていく。それがお世話になった人達への恩返し。もうやるしかないのです。

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2004.9.15(水)    9/15 マリーンズvsバファローズ
 今シーズン最後の関東でのバファローズの対戦相手はマリーンズ。実は3年連続でマリンスタジアムの最終試合がバファローズと不思議な組み合わせ。という事なので必然的に3年連続来ている訳なのだが。

 やっぱりバファローズの応援はやっていて楽しい。マリーンズの応援は外から眺めている方が面白い。でも来年になったらこの楽園的空間は、もうない。タオルで踊って、いてまえー! と大声で叫び、北川の応援歌で盛り上がる。向こうのスタンドでは声を一つに選手に熱い声援を続ける。見ているだけでいい気分になる。
 個人的な意見だけど、プロ野球界で面白く楽しい応援をしているのはマリーンズとバファローズだけと思っている。この対戦は野球だけでなく応援もスタジアムの雰囲気を盛り上げる要素。他の対戦では決して味わえない。
 だから合併なんて絶対反対。というより来年のチーム数は最低12。あくまでも最低。

 応援をし、球場の外で1時間以上に渡って行われた応援2次会をしながら、この時間が終わらない事を、来年も同じようにここで応援していたい、と強く感じた。みんなと一緒に応援していたら、不安なんか吹っ飛んだ。
 絶対合併なんか賛成しないぞ。バファローズ以外に面白いチームなんかないのだから。

 試合の方は、バファローズは今季まだ2勝の山本省吾が先発。前日に岩隈を打ち込んだマリーンズ打線を考えれば期待は出来ない。しかもマリーンズの先発は清水直行。プレーオフ出場権を巡って戦っているマリーンズの勢いに負けるのでは? と観念していた。
 球場に着いたのが18時40分、この段階で試合は3回表を終了していた。試合はどうなっているのか、球場に入りスコアボードを見てみた。するとバファローズが勝っている。2回表に益田が先制2ランHRとの事。マリーンズはまだ0点。
 が席に着いた3回裏、トップバッターのサブローに2ベースを打たれる。続いて堀も2ベース。これで1点差、と思いきやサブローが打球を見誤り3塁までにしか進塁できない。無死2・3塁で3番福浦はライトへライナー。当然ホームインのハズ。がここでもサブローは判断を誤りホームへ行けない。結局1点も取れず攻撃が終わる。
 清水直行はHRを打たれた後は安定した投球をし、バファローズに付け入る隙を与えない完璧な内容。とても打ち崩せるように見えなかった。
 一方の山本はピンチの連続。7回を除く回でランナーを置き、1回を除く回で先頭打者を塁に出す苦しい展開。5回無死1・2塁、6回2死満塁などハラハラさせられる。が何とか打者を打ち取り凌ぎきる。
 しかし8回ベニー・初芝に連続ヒットを浴び2死後今江に変わる代打フランコの時、山本は指を怪我し降板、福盛へ急遽スイッチ。フランコは四球で満塁。バッターは西岡に変わって井上。一打逆転も有りえる展開に球場は最高潮に。満員に埋まったライト側のスタンドはもちろん内野からも井上コールが起こる。が井上は三振。チャンスを逃してしまう。そして9回も福盛が締め0−2でバファローズが辛くも逃げ切った。
 今日の勝因は山本の粘りだろう。今まであまり感じる事の出来なかった気迫がみなぎっていた。苦しくても抑えてやるという気持ちが今日の投球につながっていたように見えた。

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2004.9.14(火)    研修日記9 いよいよクライマックスへ
 不定期かつ超短期連載、研修日記その9。研修も残りわずか。木曜日で終わってしまう。そしてこの連載も終わりが近づいている。
 研修での課題も終了し、延長戦プログラムも終わりかけている。本当に実になった研修だった。
 Javaのプログラムの基礎を習った3ヶ月の後の研修。ここでJavaとは何かを初めて知った。Javaだけでは何もできない。Javaの上に成り立っているServletやJSPなどの今主流の技術を使わないと良いアプリケーションが作れない。それを実感できて、しかも技術を学べたのだから本当に言うこと無し。あとはこれを活かせるような場所を探さないと。探しているのだけど…。
 ただJavaは未だ進歩しているプログラム。例えばJavaと言えばアプレット、と言われていた時期があった。が今やServletを使いサーバを駆使したアプリケーションの時代。だけど来年の今頃にはまた新しい技術が生まれているかもしれない。常に勉強が必要なのである。
 でも今ある技術の上に成り立っているわけだから、逆に言えばより使いやすくなるし、より良いものが作れる。その意味でもやりがいはある仕事でもあるワケなんですよね。だけど仕事が見つからない…。
 いよいよ訓練が終わってしまうというのに。

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2004.9.13(月)    ここに野球がある喜び
 選手会のスト一時回避で土日の野球は行われた。そのおかげで地元・大田スタジアムでのイースタンリーグ・スワローズ対ジャイアンツを見る事が出来た。
 プロの光と影。影の部分である2軍の試合は這い上がるための影。どこかに光を求める見えない手が存在し、そこに切なさと未来を感じる舞台。だからこそ惹かれるのである。
 またここには余計な飾りのない野球がある。バットから生まれる乾いた音、ボールがミットに収まる音、一球一球にある緊張感など。野球の原点がそこにある。だから好きなのだ。

 もし球界が縮小したらどうなるのだろう。イースタンでも地元での大会は行われないだろう。だってチーム数が減れば試合数も減るわけだし。もちろん1軍の総試合も減る。野球と触れある時間が減ってしまう。
 減ったらどうなる? 人の目に触れる事が少なくなれば野球に変わる別のモノに人は移ってしまう。底辺が弱くなり野球人口も少なくなれば、ますます下火になっていく。そんな事は分かり切っているはず。なのに…。

 今の野球経営界の首脳に野球を愛する気持ちを感じる事が出来ない。もっと言えば野球界を発展させない方法を論じているにしか見えない。チームを1+1をしても良い事は何も生まれない。負の要素だけが残る。
 都市銀行がいくつもあって、合併をし続けて結局何が残ったのだろうか。元の銀行名がどこだったかわからない、負債は増え続けた銀行が出来ただけ。名前だってあやふやだ。減ったら市場は弱まる。一極集中になったら野球はどうなる? もう先は見えている。

 目の前に野球がある。今までは何でもない事だった。だが今後は違うかもしれない。目の前に野球がある喜びを感じられなくなるかも。だから選手会には頑張って欲しい。日本野球を発展させるためだったストライキもやって欲しい。
 今のシステムのままだったら同じ事が繰り返される。30年後の世界に野球の楽しさを伝えるためにも。未来にも野球がある喜びを残したい。そのための闘いならいつでも立ち向かう。
 それが野球好きの素人が唯一出来る事だから。

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2004.9.12(日)    9/12 イースタンリーグ スワローズ対ジャイアンツ 2軍の試合も楽し
 東京ドームでジャイアンツとスワローズが戦う5時間前、東京は東京でも大田スタジアムで2軍のスワローズとジャイアンツが試合を行っていた。
 ジャイアンツの先発はドラフト1位の内海。東京ガス出身とあって大田スタジアムとはなじみが深い。6回まで投げるが、内容は悪かった。失点こそ1回の宮出のタイムリーの2点のみだったが、2・5回以外はランナーを背負う展開。スワローズが打ちあぐねたおかげでピンチを抜けるが、制球が定まらずストライクを置きに行くところを打たれた。まだまだ1軍での活躍は難しい。
 スワローズの先発は佐藤秀樹はさすがベテランといえるピッチング。8回に小田にタイムリーヒットを浴びるが、7回までは完璧に近かった。コントロールもテンポもよく、見ていて安心できた。
 ただスワローズは後を継ぐピッチャーの出来が悪かった。9回に投げたサイドスローの吉川。制球が悪く、いきなり井出に四球を与え、2死から三浦に同点タイムリーを打たれる。次に投げた萩原は10回は無失点に抑えるが11回に井出にヒットを打たれ、左が続くので降板。この内容のピッチングを1軍でしたら…という出来。次が佐藤賢。佐藤は悪くはなかったが、代打矢野に打たれたレフト前へのライナー性のボールを途中出場の内田がトンネル。2点を献上してしまった。ちょっとビビル傾向がありそうで、精神面が鍵なのでは?
 ジャイアンツは内海から木村(2回)→柏田(1回1/3)→サンタナ(2/3)→條辺とリレー。條辺が相変わらずファンタジーを見せ、代打丸山に1点差に詰め寄らるヒットを打たれ、しかも1・2塁のピンチを迎えるが、代打大原を三振に仕留める。ハラハラさせれる投球だった。が他の3人は完璧だった。1軍でも活躍できる力を見せてもらった。
 試合は延長まで行き3−4でジャイアンツの勝利で終わった。
 個人的に今後期待できそうな選手はスワローズでは青木・梶本。あと1つインパクトが生まれればレギュラーも近い。宮出は鈴木健がいるだけに厳しいが、超えるような活躍を早く期待したい。
 ジャイアンツは長田。まだ足りないモノが多いが、生え抜きとして飛び出せそうな力はある。チャンスをモノに出来れば、である。他の選手は2軍の帝王化しているので、何も無し。

 今日出場した選手は、
 ・ジャイアンツ
 (投手)内海・木村・柏田・サンタナ・條辺
 (野手)レイサム・長田・斉藤・吉川・中濱・福井・大須賀・小田・三浦・矢野・野村・岩館・鈴木・原・井出
 ・スワローズ
 (投手)佐藤秀樹・吉川・萩原・佐藤賢
 (野手)飯田・青木・福川・畠山・宮出・牧谷・三木・梶本・本郷・高橋・内田・大原・久保田・丸山

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2004.9.11(土)    9/11 川崎対大宮 足踏み…
 ピッチ上にいる川崎の選手には気負いや堅さは感じられない。いつも通りの動きをしている。過去の昇格を決めた99年の試合や一昨年、昨年の昇格のかかっている試合に比べても、本当に昇格が決まるチームかな、と思ってしまうほど。だが、しかし…。

 第3クール最終節は川崎の昇格がかかった一戦が注目の的であった。試合前から中西哲生がポーターの前で挨拶をしたり、J2ではあり得ない数のカメラマン。26勝3敗3分からか、一発で昇格を決めるだろう、と決め込んでいるようだった。

 開始1分、いきなり大宮がゴール前でFKのチャンス。ボールはわずかに外れる。その後は川崎がペース。大宮のゴール前までボールは運ぶのだが、トニーニョを中心とした大宮DF陣がことごとく跳ね返す。また大宮の激しいチャージの前に川崎も思うとおりに進めない。
 20分大宮が久々のチャンスからCKを得る。蹴られたボールはファーサイドへ。頭でボールに合わせたのは大宮の奥野。ボールはスーッとゴールに入り込み大宮が先制。場内が一旦シーンとなる。
 ここから大宮が徐々に川崎の陣地へと進出を開始し出す。トゥットを起点に金沢やデビットソン純マーカスがサイドへ流れチャンスを作り出す。28分またもCKからチャンス、ボールははゴール前へ。ボールはトニーニョの頭上へ。トニーニョが蹴りでゴールを決めて0−2と大宮が2点リードと考えられない展開になった。
 ただ川崎は今シーズン0−2から逆転した試合があった。だからこんな状態でもまだやれると選手にインプットされていると思えた。が2点目で選手達はどこかチグハグになっていた。特にDFに落ち着きを感じられない。どうした? 何度もゴール前まで進むがゴールが決まるシュートはなく前半が終わった。
 後半開始直後から木村を下げ故障上がりの相馬を投入。ボランチの久野を左サイドへ移し、相馬はボランチへ入る。
 開始10分間が勝負ではないか、と。ここで点が入れば流れは川崎へ行くだろう。0分我那覇がパスカットしマルクスへ、マルクスシュートは外れる。1分我那覇のシュートはGKが弾くがこぼれ球が中村の前へ。がシュートは大きく逸れる。4分FK、5分CKとチャンスを得るがゴールには結びつかない。悪い方向へと流れは向かっている。
 大宮はコンパクトに引いて守り、サイドの攻撃に対しては中へ中へと持ち込ませ、最終的には囲み込んでボールを奪う守備に。焦りも出てきた川崎は術中にハマる。我那覇もマルクスも同じようにボールを奪われる。
 72分川崎はマルクスと今野に変え、谷口と町田を入れる。谷口を右ストッパー、右にいた佐原が左へ。左サイドストッパーの伊藤宏樹が左ウイングサイドへ入り、久野と相馬のドイスボラインチ、ボランチの中村がトップ下へと大改造。しかし効果無し。しかも川崎にとって不運だったのは大宮のFWトゥットが2枚目のイエローカードで退場になってしまった事だろう。その前に森田が交代していたのでFW登録がピッチ上にいなくなった。ますます守備的に来るのは見え見えである。
 川崎はとにかく前がかりに攻めるが得点への匂いが段々感じられなくなった。83分GK吉原がペナルティエリア外でヘディングクリアをするが無人のゴールへ蹴り込まれる。ここはボールが外れたのでノーゴールであった。しかし87分、川崎はCKからカウンターを喰らうと最後はフリーだった安藤正裕に決められ0−3となる。
 そしてゲームセット。川崎は1年ぶりのホーム敗北を同じ対戦相手から喫する事に。

 2試合連続無得点。ジュニーニョとアウグストの欠場が響いていたのは明白な試合であった。後半の大宮の守備に手を焼く攻撃陣を見て、縦に突破できるジュニーニョの存在、サイドからピンポイントで壁を切り開くアウグストがいたら、と感じずにいられなかった。

 今日の所は昇格はおあずけ。だがもうチャンスが無くなったわけではない。また気持ちを引き締めてやり直せる。次はアウエー。去年事実上昇格がなくなった場所平塚である。過去を清算するのには十分すぎる会場だ。
 勝っても下位のチームの勝敗次第だが、勝って結果を待ちたい。

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2004.9.10(金)    フロンターレ再昇格前夜
 第4節で事故のような敗戦をし、3連勝でストップ。過去2戦が厳しい試合だっただけに、今年も苦しいシーズンが待ち受けているのだろうと感じていた。負けがチームを大きくさせることもある。第7節山形戦での逆転負けがチームを成長の階段を上らせた。以降第18節まで勝ちっ放し。無失点試合が8試合。接戦にも負けない精神力まで生まれていた。
 シーズン開幕前にはこんな独走をするとは思えなかった。崔を獲得した降格組の京都、去年の戦力が残った福岡、地道に成長している大宮、そしてJ1から降格してきた仙台。大混戦が予想された。だからこそ第1クールの9勝2敗は絶好のスタートダッシュだった。
 だけどJ2生活が長いと知らなくても良い事までよく知っている。スタートダッシュが成功しても最終的にはもつれる。浦和も広島もそうだった。初年度の新潟だってそうだった。だから勝ってもふんどしはいつも締め直す気分でいた。
 第2クールが終わって19勝3敗。気が付いたら2位集団は引き分けの嵐が吹き荒れ、後ろは見えなくなっていた。だけど気を許してはいけないとわかっていた。01年シーズン、ダントツに逃げていた大宮がFWバルデスの故障をきっかけに連敗街道を突き進み、昇格できない事があった。フロンターレにはジュニーニョという柱がいる。この柱が転けたら、という不安が常にサポーター達につきまとっていた。何が起こるかわからない。油断は出来ない、と。
 9月4日甲府戦、第3クール3引き分け目。しかし2位集団は相変わらず引き分けが多く、差はなかなか詰まらない。Xデーは確実に近づいていた。8月中旬からファンの中で昇格マジックを数える人間がいた。ただマジックは数字、気にはしていなかった。が甲府戦後に昇格マジックが3になっていた事にチームも気づき、慌てて動き出す。
 そんな状態だから、昇格が目の前にあるのに実感が湧かない。多分明日スタジアムに行ったら独特の雰囲気が待っているだろう。だけど何か足りない気分かも。もしかすると昇格を決めても…。
 前に昇格してから5年。もう5年経ったのか。5年前と同じように等々力で昇格を決めて、選手達と喜びたい。そのために一緒に戦ってきたのだから。

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2004.9.9(木)    研修日記8 本代がかかるよ…
 不定期かつ超短期連載、研修日記その8。研修もあと1週間を切って、ゴールが見えてきた事への不安もある今日この頃。
 5月の講習開始日にネットワーク、SQL、HTMLの本を教材として購入。この時終わったら使わないだろうと思っていたSQL本が今研修で大活躍。何がどのように役立つかはわからないものと実感。講習では本当にお世話になりました。
 上の3つの本のうちHTMLは薄い本なので、もっとHTMLに詳しい、スタイルシートやJavascriptも入っている辞典本を購入。さらに「JavaプログラミングBlack Book」というJavaに関する分厚い本も買う。両方とも家での勉強にとても使えるし、HTML辞典は今研修でも使っている。
 現場研修が始まってから「サーブレットとJSP」本をいただく。これは初心者向けの本で、取っ掛かりには最適。研修でお世話になりました。これから家でサーブレットを復習するのにまた使うことでしょう。
 と言うことで現在HTML教材以外で使える本がJava本・SQL本・HTML辞典・サーブレットJSP本・ネットワーク本と5冊。これに今日、Javascript本を購入。JSPでページ作成をしていて、難しい変数・関数はHTML辞典だけでは足りない部分があるから。計6冊に。
 だがまだこれだけでは足りない。まずJavaに関して言えば検定試験用の本と逆引き本、サーブレットJSP絡みの本も買わないと。これはWebアプリを作るのに必須だから。SQLも更に突っ込む必要性がある。ただこれは後回しでもいいけど。これだけでも厚みのある本と一番大きなお札が簡単に飛んでいく。
 自分自身の力を付けるにはどうしても大事な本だし、投資と考えれば大した事はないハズ。にしてもあの手の本は本当に分厚い。この本を使えばプログラムだけでなく腕の筋力アップも夢ではないよ。マジで、シャレじゃなくてね。
 コンピュータ本の大事さが身に染みている研修生でありました。

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2004.9.8(水)    3連チャン
 月曜日から始まった面接3連チャン、終わりました。正直疲れますね。研修の後に面接ですから。今日なんか気分は金曜日。だけど現実は水曜日。ちょっと滅入っています…。
 月曜日は多分、というより確実に落ちるだろうな、と思いながら面接。面接より30分後に不採用のメールが来ていました。早っ! 受けに行った会社、高田馬場にあるのですが、高田馬場って相性が悪いのですよ。過去に面接全敗ですから。訓練受講も落ちているし、高田馬場に本社のある会社にいた時も、高田馬場で働く事なく辞めていたし。
 落ちるのを想定していて、面接のテスト感覚で受けたのですが、さすがに不採用メールにはガックリ。精神的に落ち込みました。日曜日に急遽頼まれた代打バイトで多少は気分が戻りました。
 翌火曜日、17時より面接。だけど2時間前に早退し、増上寺で気持ちを落ち着かせる。昨日の反省点を思い出し、もう1回自分自身の見直しも出来た。阿弥陀如来を見ながら、心に大きな財産をもらいました。そして面接に挑む。
 アンケートに答えた後、お話し。なんか良い展開に向かいそう。というかその展開早すぎないか? と思えるほど。次の面接もありそうなので、期待をしています。なにせこの3連戦の大本命ですから。
 そして今日、いわく付きです。何故か? 先週金曜日の面接の予定が夜中のメールで日時変更になった所だから。人に言わせれば辞めちゃえばいいじゃん、と。だけどそんな簡単に辞めてしまってイイのかな。嫌味の一つでも言って気分良く帰ってこよう。
 しかし残念ながら嫌味の「い」の字も出てこなかった。人間性が出るのですかね。単なる根性無しなのかも。1時間以上重苦しい話が続き(これは私の経歴が原因だから)、面接試験に(試験受けますか? って言葉にムカッときたけど、ここでキレたら今までの1時間が無駄になるから止めた)。試験は楽しかったから全てはイーブン。多分落ちると思うけど。
 来週で訓練が終わってしまう。その後は何もないのだから、早く仕事を見つけないと。今回受けた所で決まれば、本当に言うこと無しなんだけど。
 決まって下さい!

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2004.9.7(火)    研修日記7 通勤事情その2
 超短期・不定期連載…ようやく不定期になってきたかな、の研修日記その6。
 家から駅まで歩き、電車に乗る。電車から降りて会社まで歩く。結構歩く時間がかかる。もちろん定期で通うので定期代がかかる。歩いて1時間15分程度で着くわけだから自転車通勤もありだな、と。
 想像するだけで気持ちよさそう。多少時間かかっても優雅に風を切りながら浜松町まで走る姿、いいねぇ。電車が混み合っている中、遅いながらも気ままに走る自転車と私。気分は爽快ッスよ。
 しかし今乗っている自転車の前車輪、擦りむけている。実際タイヤを替えないといけない。じゃないと空気を入れてもすぐに抜けてしまう。そんな状態だから乗るにも気を遣っている。
 じゃあタイヤ交換をすれば、となる。しかし以前後輪を変えた時、5千円近くかかった。で大井町〜浜松町間が5千40円。定期の方が使い勝手が利く訳だし、結局定期で通う事に。
 まぁそういうオチな訳でした。ひねり無し。

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2004.9.4(土)    舌の根が乾かぬうちに
 先日ここに書いた、私だけに課せられていた問題ですが、諸問題が発生し回避する事に。チャレンジする意味がない事が判明したのですよ。だったら別の方向へ力を発揮するべきなので、回避。
 まぁ今回はいいとします。というか出来ないのだからしょうがない。
 また金曜日の面接も回避。これは私の責任ではなく、相手会社都合。その連絡をもらったのが日付が金曜日になった2時間後。朝のうちにメールのチェックをしておいて良かったけど…。
 来週月曜日から3日間は面接。面接ウィークになりました。

 さて面接かぁ。どうなるのだろうか、ここでリーチ一発ツモがあるのか。一応あって欲しいけど。

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2004.9.2(木)    研修日記6 可能性0へ挑戦
 超短期・不定期連載…と銘打っているのにほぼ定期化してきたけど、ネタ不足になってきたかも、の研修日記その6。
 いつの間にか蝉の声も聞けなくなり、朝には小学生が学校へ向かう姿も。月が変わった事を実感している。
 実習も残り2週間。明日から平日3日連続の会社面接も行い、いよいよラストへのカウントダウンも大詰めに。その中で私が私自身に課した問題というか課題をクリアしないと。
 多分この結果は見えている。わかってはいるけどやってみない事には何も生まれないし、次に繋がらない。いつもやらないで次で、次でもやらないでそのまた次、の繰り返し。これでは全然成長しない。自分自身に言い訳を付けて結局逃げているだけ。
 だから結果がわかっていても、やってみる。ダメモトでも。そうすれば今ある見えない壁を乗り越えている可能性があるから。
 だから逃げちゃ、ダメ。考えすぎても、ダメ。とにかくぶつかってみなさい。

 今日は研修とはかけ離れた話だったね。研修に関してはまた別の機会に。

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